伝統的な中国音楽といえば、多種多様な打楽器群と、高らかに鳴るチャルメラですよね。
天翔楽団は去年の定期演奏会で、【龍騰虎躍】という、打楽器が主役の曲を演奏しました。
それに引き続き、打楽器が主役の曲第二弾です。
【豐收鑼鼓】は、定期演奏会の第二部の1曲目に演奏されます。

この曲の作曲者は、彭修文という人です。
20151009-1
このおじいちゃんは、少人数でピーヒャラドンチャン演奏していた中国音楽を、大編成のオーケストラに昇華させたとっても偉い人で、数々の名作を残しています。
【幻想曲《秦·兵馬俑》】のように非常に伝統的で単純かつ明快な曲を作るいっぽう、ビゼーの【カルメン組曲】やドヴォルザークの【新世界より】を中国楽器編成に編曲したりもするとってもすごいおじいちゃんです。

さてそんな偉いおじいちゃんが、これまたとっても偉い昆曲の打楽器奏者の助けを借りて作ったのが、この【豐收鑼鼓】です。
見どころはなんといっても打楽器パート。ものすごい数の打楽器が出てきます。それらをご紹介しましょう。

十面鑼
十面鑼

まずは『十面鑼』です。名前のとおり、10枚の銅鑼で構成されてい……あれ?13枚あるぞ?
実は中国語の『十』という字には『たくさん』という意味があったそうです。
たくさんの銅鑼が組み合わされてできた楽器なので『十面鑼』という名前になっています。
写真では13枚ですが、物によってはしっかり10枚だったり、ちょっと増えて14枚だったり、さらに増えて24枚だったりします。
ちなみに天翔楽団は『十面鑼』を持っていません。がっかり。
この『十面鑼』が音階を持って進化したのが、次に紹介する雲鑼です。

雲鑼
雲鑼

一気に増えましたね。『雲鑼』もその数は固定されてなくて、10枚だったり、24枚だったり、38枚だったりします。
この写真のものは37枚ですね。なんででしょうね。わかりません。
『十面鑼』は『13種類の銅鑼の音を出す楽器』のようなポジションだったのですが、『雲鑼』は『音階を出す楽器』のポジションになりました。
嬰ハ短調とか変イ長調の曲でもしっかり音階を出せるすごいヤツです。このあたりはよくわからなくても大丈夫です。とにかくすごい楽器なんです。
天翔楽団は『雲鑼』を持っているすごい楽団なんですが、ちょっとワケあって今は使えないんですよね……
本番ではとある楽器を代理で使います。探してみてね。

小鈸
小鈸

『小鈸』です。小さいけど大音量な『シンバル』のような楽器です。
様々なにぎやかな曲に出てくる楽器です。合奏の【金蛇狂舞】なんかにも登場します。
もうとにかくうるさい。普段の練習中、『小鈸』は『コントラバス』の後ろで叩いているのですが、『コントラバス』の奏者さん我慢できずに耳をふさいでました。
天翔楽団はもちろん持っています。叩くとすぐにわかる楽器なので、小さな『シンバル』を叩いている人を探してみてね。

大鑼
大鑼

続いては『大鑼』です。手にもって叩く銅鑼です。
銅鑼というと、黒くて大きくて「ゴォーン」と鳴るアレを想像しますが、あれも中国語では『大鑼』と呼びます。
でもややこしいので、黒くて大きいほうは『特大鑼』なんて呼んだりもします。
小さめのこちらの『大鑼』は「ジャーン」と鳴ります。うるさいです。
天翔楽団でも使っています。探してみてね。

排鼓
排鼓

中国打楽器の花形『排鼓』です。
去年の【龍騰虎躍】で大活躍したので、覚えてる人もいるかもしれませんね。
『排鼓』は通常4個か5個セットで使われる太鼓です。音の高さが調整できるので、ティンパニみたいに音階を叩くこともできます。
しかも表と裏両方叩けるので、5個つかえば10個の音が出せます。
えっ?裏側はどうやって叩くのかって?
くるんと回せるんですよ、くるんと。言葉では説明できません。
定期演奏会に来て、『排鼓』に注目していた人だけが理解できる、秘密の機能があります。探してみてね。前のほうの席だと見えづらいかも。
天翔楽団はなんと去年大枚をはたいて5個セットのものを購入しました。すごいぜ天翔楽団。

これら以外にもいろいろな打楽器が出てきます。そして、この曲では2か所の打楽器の見せ場があります。
見せ場1

見せ場2

この見せ場だけ見ても、なんだかドンチャンやってるだけで面白くないですよね。
でも、全曲を通してみると、この打楽器の見せ場がいいアクセントになっているんです。
この曲は、農村における収穫期の農民たちの働きを表現している曲です。
最初から続くリズミックで明るい音楽は収穫の喜びを表しています。

そして、変わってメロディアスな部分は、農民たちが楽しく歌う様子を表しています。

その間に激しい打楽器が披露されます。

この曲の裏には、曲が表現しようとしているもの以上にとても意味のある歴史があります。

この曲ができたのは、毛沢東が始めた文化大革命の時代。
当時、毛沢東の4番目の夫人であり女優でもあり政治家でもあった江青という人物の主導のもと、樣板戲という劇(オペラ)が作られました。
この樣板戲とは、革命をテーマにしたオペラのようなものです。
そして、今後音楽と呼ばれるものは、この樣板戲で演じられるもの以外は許されない、という政策が執り行われようとしていました。
当時、作曲家のおじいちゃんがいた中國廣播民族樂團という中国音楽楽団(当時は違う名前だったそうです)は、この政策のせいで解散の危機にありました。
この楽団はそれまで、伝統的な中国音楽を演奏するプロ楽団でした。
今まで自分たちがやっていた伝統音楽が「音楽ではない」と政治的に排他され、演奏することができなくなるのです。
そしてそれは同時に、各地にある中国音楽楽団が絶滅し、中国伝統音楽が消滅するという危機でもありました。
そんな中、江青がとある晩餐会に出席し、中國廣播民族樂團もそこで音楽を演奏する機会がありました。
中國廣播民族樂團の幹部たちは、この機会に江青に中国音楽の重要性を知らしめようと、画策を始めます。
それは、今までやっていた伝統的な演奏から、様々なものを取り入れた多様性を持った曲を演奏するということでした。
そうして作られたのが、主旋律を演奏する楽器が次から次へと変わり、多種多様な打楽器技術を取り入れた【豐收鑼鼓】だったのです。
これまでの中国伝統音楽では、最初から最後まで笛が主旋律で弦楽器は伴奏だとか、最初から最後まで二胡が主旋律だとか、打楽器だけのパフォーマンスだとかが一般的でした。
【豐收鑼鼓】では、主旋律を演奏する楽器が管楽器だったり、弦楽器だったり、打楽器だったり、最後には低音楽器までひっぱりだして主旋律を演奏します。これは当時では非常に革新的なことだったのです。
晩餐会では【毛沢東を讃える曲】をひとしきり演奏した後、最後にこの【豐收鑼鼓】を演奏したそうです。
その演奏を聴いた江青は、こう言いました。
『民樂合奏豐富多彩 民族樂團有其存在的價值』
『民楽(中国音楽のこと)合奏とはこのように華やかなものであったのか。民楽楽団は残しておくべき価値がある』
こうして、中国音楽というものが、文化大革命によっても失われることなく、現在まで続く音楽となりました。
その裏には、偉いおじいちゃんと、【豐收鑼鼓】という偉大な曲があったのです。

そんな歴史を思い浮かべながら、この曲を最初から最後まで通して聴いてみてください。

なんだか、その明るい曲調の裏にとっても深い意味がある曲だと思いませんか?

最後に、この曲の裏話をひとつ。
実はこの曲には、三つめの打楽器の見せ場がありました。
その打楽器の見せ場では、潮州鑼鼓というパフォーマンスが入っていました。

これが潮州鑼鼓と呼ばれるパフォーマンスです。いろんな打楽器がとても息の合ったパフォーマンスを行います。
しかし、作曲者のおじいちゃんは、潮州鑼鼓を演奏したところで理解できる人が少ないこと、潮州鑼鼓は人と楽器が揃ってこそ成立する視覚を伴うパフォーマンスであること、そして曲が長すぎることから、自らこの三つめの打楽器の見せ場を削りました。なので、この【豐收鑼鼓】には、打楽器の見せ場が二つあるバージョンと、三つあるバージョンの二種類あるのです。天翔楽団は見せ場が二つあるバージョンを演奏します。

三つめの打楽器の見せ場を演奏している動画もありますので、ぜひ見てみてください。